商業高校を再生する

*商業高校を再生する

  令和5年度の愛知県公立高校一般入試の志願状況が公表され、商業高校/商業科は「勝ち組」と「負け組」の二極化が進んでいることがはっきりとした。以前勤務していた商業高校は、前年よりも志願者数が増えていることから、制服一新による一定の効果があったものと思われる。やはり学校に対するイメージの発信というのは、こういった所に多かれ少なかれ影響してくるものだ。
 今年度から、新学習指導要領施行による学科再編成に伴い、ほとんどの学校ではHPも一新された。特徴としては「〇〇検定〇級 〇名合格」という実績報告が少なくなり、代わりに「YouTube」「Instagram」「Twitter」などの様々なコンテンツを利用しながら躍動感あふれる学校生活を紹介している。学習内容も「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を強調して、「体験学習」「産学連携」「学校間連携」などをふんだんに取り入れているのがわかる。
 新学習指導要領によれば、総則において「生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育内容等を教科横断的な視点で組み立てていくこと」「教育課程に基づき、組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと」と謳ってある。従って、学校は創意工夫して、もう一段力強さを増すために「カリキュラム・マネジメント」を推進していく必要があるのだろう。例えば、私案であるが、以前勤務していた商業高校をマネジメントしてみると次のようになる。
 学校と駅との間に〇〇〇神社というのがあり、その南側に古くからから営まれてきたアーケード商店街がある。神社の前では江戸時代から門前市が開かれ、街の発展の礎となり、繊維産業の一大中心地として賑わいを見せてきたが、大型店舗の出店や繊維産業の海外進出等により次第に衰退して、今では商店街にくる客さんや接客される方もご高齢の方が多くなってきた。そこで、商店街再生と地域振興のために「〇町商店街活性化プロジェクト」を立ち上げるのである。
 プロジェクトの内容は次のとおりある。なお、役割分担は「地域貢献部」を中心に課題研究の各講座と連携して1つのユニットとして構成してある。
 ICHI〇〇〇Pの開店】(地域貢献部、ビジネス経営初級、地域応援プロジェクト、地域連携、アクティブスクール、グローカル・リサーチが担当)
  商店街にある空き店舗を1つ借り受け、「ICHI〇〇〇P」を立ち上げる。そこで、オリジナル商品の販売、チラシの配布、商店の案内、地域住民の憩いの場である休憩所の設置、農業科から野菜・果物・花などを仕入れ/販売(学校間連携)などを行う。活動は、学校行事やテスト週間を除き、課題研究と業後の1時間程度が目安。夏期・冬期休業中は期間を設けて、昼を挟んで10時~15時とする。
 商品開発】(地域貢献部、セールスデザイン、地域協働ビジネス演習が担当)
  企業とコラボしてハチミツ飴などの加工品を開発、塩味/生姜味/レモン味/ゆず味などの商品アイテムを揃える。また、地元特産物を使うラーメンの開発など商品ラインの拡大。工業高校とコラボしてオリジナル商品を詰めた缶詰を製作(学校間連携)。
 広告・デザイン】(広告デザイン、コマーシャルデザインが担当)
  店舗内に備え付ける案内板やチラシの製作、オリジナル商品のパッケージ・キャラクターをデザイン、店舗で着用する半被やのぼりのデザインなど。
 商店街MAPの制作】(ITビジネス研究、WEBプロモーション、映像制作が担当)
  HP上で「商店街MAP」を制作し、MAP上の店名をクリックすれば、店内の様子、取扱商品、お店の特長などが紹介され、店長からのメッセージ動画が流れる。これを商店街組合や商工会議所のHP上にバナーとして貼ってもらう。

 ・・・以上である。

 今から20年以上前になるが、西三河のある商業高校で、科主任を中心に「〇〇〇SHOP」を立ち上げた。今でも一つの部活動として活躍している。できた当初は、複数の科目、課題研究の講座、部活動のそれぞれが「単独」で活動するのではなく、各々役割を与えられて連携しながら一つの「ユニット」を構成していたように思う。このようにすれば、一つのプロジェクトを多くの生徒や顧問が支えることになり、負担になるようなことはない。
 こうした一連の取り組みをメディアが取り上げれば、宣伝効果は抜群である。

 

*併設校の商業科は、「隙間商法」を狙うより「正攻法」で戦った方がよい

 以前、私は併設校に勤務していたことがあります。この学校で痛烈で執拗なハラスメントを受けて泣く泣くわずか3年で他校へ転勤しましたが、この学校の校風や生徒の気質・レベルなどは当時とあまり変わらないものと思われます。変わった点といえば、HP上からしか確認できないのですが、特徴のある教育課程(カリキュラム)でしょう。中でも県内初?となる「観光コース」があります(若宮商業にもある)。そして、各学科の取得目標には「日商簿記検定2級」「日商販売士検定3級」「基本情報・ITパスポート」などを筆頭に、高度な検定の取得を目標に掲げています。
 高校に「観光学科」や「観光コース」を設けているのは、全国で13校ほどありますが、いずれも、観光に力を入れている地方の自治体にあるのがほとんどです。こういう特異学科・コースを設置するにあたっては、①学校の所在する自治体が観光業に力を入れていること ②生徒の関心や地域住民からの期待が大きいこと ③学んだ知識・技能を活かして、卒業後の進路と就職先が連携していることなどが挙げられます。こうしたことをしっかりリサーチした上で設置しないと、これは「隙間商法を狙った客寄せ」と思われかねません。また、都市部にあって全国から募集している「観光専門学校」とは次元の異なるものでしょう。岐阜県や長野県に設置するのならまだしも、私には近くの「モンキーパーク」や「明治村」ぐらいのイメージしかないのですが・・・。まあ「これは先行投資なのだ」と言われればそういう考え方もあるのかも知れません。
 取得可能な検定試験にある「日商販売士資格」は、5年に1度の更新手続きが必要で、3級ならば更新講習のほか更新料¥6,250(税込み)が必要になります。これをガイダンスなんかで説明したら何やら生徒からどよめきが聞こえそうです。全商商業経済検定は、英単語の丸暗記のように専門用語を記憶するだけなので、取得可能検定として筆頭に挙げるのは何かしら「芸」がありません。基本情報技術者試験は、科目A試験免除制度があるものの、レベル的には授業ではなく、むしろ部活などの課外で生徒が自主的に取り組むものでしょう。一方、「インターンシップ」「宿泊研修」「校外学習」などの体験学習は、生徒が主体的・対話的で深い学びが実現できるアクティブラーニングの一環として注目されるべき点です。
 本来ならば「総合ビジネス科」一つにまとめて、「情報選択」「会計選択」「進学」の3コースを作り、授業展開は、各コース固定にするか、学力的に均等なクラスを作り、コースに分かれるときだけ分割履修にするといったシンプルな形にした方がよかったかと思います。「情報選択の進学グループ」と「会計選択の進学グループ」といった柔軟な分け方ができたかも知れません。
 また、高度化・専門化を第一義に考えるのではなく、目標を持って段階的に知識・技能を習得させるために、1年生では「珠算・電卓実務検定2級」「簿記実務検定2級」「ビジネス文書実務検定2級」「情報処理検定2級」「秘書検定3級」などの検定基礎科目に幅広く挑戦させて、商業の基礎的な知識・技能の充実を図った方がいいと思います。「格差をつける指導」ではなく「自信を持たせる指導」が必要になるかと思います。他の学校のHPを見ると「〇〇検定〇級 〇名合格」という実績報告が少なくなっていますが、逆にこの学校の場合、合格者の推移を見せて「堅実さ」をアピールした方が生徒が集まりやすいのではないでしょうか。
 カリキュラムが、生徒が志向するものと食い違っていたり、生徒のレベルと合わなければ、それは提供する側の「独りよがり」ということになります。これは民間でも同じことで、いくら品揃えを多くしてよりよいサービスを提供しようとしても、お客が志向するものと水準が合わなければ売上は伸びません。やはり「学校マーケティング」は必要です。
 この学校に「生き筋」があるとすれば、むしろ課外(部活)、特に簿記部・ワープロ部・コンピューター部などの商業系文化部でしょう。総合力では単独商業や中核の強豪校にはかないませんから、少数精鋭主義に徹しつつ、各種競技に参加してまず「一点突破」を目指します。これに成功して自信をつけたら次に「各個撃破」に挑みます。このように、できることから実績を積み上げた方がより効果的なのです。民間でもそうですが、資本力のない中小企業などは、少ない経営資源を得意分野に集中投資するでしょう。野球ならば、足が速い者なら盗塁を、バントが得意ならばバントを徹底的に収斂します。これは戦国時代「桶狭間の戦い」で、2万5千の大軍を率いて尾張に侵攻した「今川義元」の軍に対し、わずか数千の精鋭部隊を引き連れ、隊列の延びた今川軍の本陣をめがけて真正面から真一文字に切り込み撃退した、あの「織田信長」の戦い方そのものです。指導者の采配にもよりますが、最終回、一発逆転!「サヨナラ満塁ホームラン」の可能性もなくはありません。この学校の再生は、的を得れば、なかなか妙味のあるものになります。


*ITビジネス科をマネジメントする
 新学習指導要領では、ビジネス情報分野は「情報処理」「ソフトウェア活用」「プログラミング」「ネットワーク活用」「ネットワーク管理」の5科目に再構成された。
 私がこの分野を担当してみて以前から気づいたことは、教科書の使い勝手の悪さである。これは文科省の検定制度に問題があるのだが、もし、教科書通りに忠実に授業を展開するならば、途中で難解な問題にぶつかって挫折したり、操作方法通りに進めなくなったり、概略の説明だけで終始してしまうことになる。従って、教科書を買わせた以上使わざるを得ないので、定期考査の出題範囲にするなど「申し訳程度」に利用するだけである。その代わりに現場では、〇教出版の「〇〇模擬試験問題集」のような検定問題集や検定用テキスト、「〇〇時間でマスター」などのパソコン実習用テキストなどの副教材を使うことになる。このようになるのは、「理論科目」と「実習科目」が明確に分割されていないことが原因である。また、実際多くの担当者は、検定を目標に段階的に知識・技能を習得させた方が授業展開しやすいし、効率的であると考えている。
 私案であるが、これらを踏まえて以前勤めていた商業高校のカリキュラムをベースにしてカリキュラムを考察してみると、次のようになる。
 1年次では、「情報処理(3単位)」で情報処理検定Excel3・2級が目標。そして「情報処理」と「簿記」から1単位ずつ取り、学校設定科目「商業技術(2単位)」を新設。ここでクラスを半分に分け、ビジネス文書3・2級(実習)と、珠算・電卓実務検定2級・秘書検定3級(座学)を交互に展開する。(ただ、公立高校が6クラス12コマ追加分までPCを保有しているかは不安)
 2年次では、「プログラミング(4単位)」のほか、「ソフトウェア活用(3単位)」で情報処理検定Excel1級が目標。また学校設定科目として「情処理論Ⅰ(3単位)」と「情処実習Ⅰ(2単位)」を設定し、前者はITパスポート、後者は主にOfficeを中心に学習する。
 3年次では、学校設定科目として「情処理論Ⅱ(3単位)」と「情処実習Ⅱ(3単位)」を設定し、前者はITパスポート演習、後者はOffice以外の応用アプリケーションを学習する。
 ただ、学校設定科目はどこまで学習指導要領の縛りがあるのか現段階ではわからないため、多くの学校では各分野の科目とリンクさせる方法が取られている。また、資格取得を目標とするものは、受講生の学力平均(やや上が照準)を考慮し、課外(部活)レベルとは分けるべきである。
 私が以前勤務していた総合高校で、Shade(CG)、Flash(Webデザイン)、Premiere(映像編集)などを担当したことがあるが、商業科の担当者は「簿記」などとは違い、こういった特異科目は持ちたがらない傾向にある。この学校に赴任した当初、いきなりShade(CG)を持たされたのだが、操作方法が全く分からず面食らってしまった。
 こういった応用アプリケーションは、特定教員の「専売特許」にならないよう、また担当者が転勤しても誰もが担当できるように、HPからダウンロードしたチュートリアルや授業で実際に使えるテキストを生徒分購入し、誰もが閲覧できるように実習室に備え付けておくべきである。廃刊になってしまったものは、生徒用のマニュアルを自作し、転勤の際はあとの担当者が困らないよう残しておくべきである。


*愛知/商業教育の展望(私的観点から)
 令和5年度からの「学校の統合・学科改編・コースの新設及び経済社会とリンクした実践的な商業教育へのリニューアル」に伴い、愛知県の商業高校・商業科は、①商業教育の中核校として高度な専門性を身に付ける学校(3校)、②地域における活動を通じた探究的な学びを推進する地域密着型の学校(5校)、③就職を目標としてビジネスの基礎からきめ細かに学習する学校(1校)の三つのタイプに分類された。
 学科改編後のねらいとして学科ごとに細かい学習事項が掲げてあるが、これらは商業教育の中の各要素の内容をそれぞれ特化して各学校に割り当てただけという感じがしないわけでもない。実際には、商業高校の中核校が地域における活動を通じて探求的な学びをしてもいいし、逆に地域にある商業高校・商業科の生徒が高度な専門性を身につけてもいいのではないのか。また、就職を目標としてビジネスの基礎からきめ細かな学習することは、一概にどの学校にも当てはまることだと思う。おそらくこういう発想をする人は、中核校の周りを他の地域の商業高校・商業科が衛星のようにグルグルと公転している構図をイメージしていたのではないか。
 こうしたピラミッド型の組織・体制を構築した場合、入試結果が示す通り、周辺地域の商業高校・商業科が相対的に地盤沈下するという危惧を招きかねません。やはり、地方にある商業高校・商業科をさらに活性化して、県全体を「群雄割拠」の状態にすることこそが、愛知/商業教育の再生の鍵になるものと私は考えています。
 最近、「商業」という看板を下ろして校名を変えたり、総合学科にする傾向がみられるが、私のような「ザ・商業」という立場からすれば、まことに寂しい限りである。